雨のち晴れ

子育て・考えたことやたわいのない日常を綴った日記です

高校の文化祭でみた青春

次男と高校の文化祭に行ってきた。

というのも、サッカーで一緒ののママが塾の面接で先生に高校の文化祭に行ってみるよう勧められたと話しているのを聞きつけたからだ。

 

早くから行きたい高校が決まっているといないでは勉強に対するモチベーションが全然違う。中学生になってしまうと、部活などで忙しく、なかなか行けないから小学生のうちから是非 ! ということらしい。

なるほど、本来なら中学生の長男こそ連れて行きたかったのだけど、部活だ、トレセンだと忙しく、なかなかいくチャンスがない。

 

夏くらいから反抗期に入っちゃった感じの次男。あまりしゃべってくれないし、私が勉強、勉強と言えば言うほど内にこもっていく。だからって何にも言わなかったらあの子どうなっちゃうんだろうと思うし、手詰まり感がハンパない今日この頃。丁度いい。とにかく行ってみよう!

 

行ったのは県立の男子校。歴史ある文武両道を謳う進学校だ。

 

実行委員が頑張って作ったのであろう門をくぐる。校内に入る前に"これから中庭でミスコンをやりまーす"と宣伝しているのでそちらに行ってみる。どうやって調達してきたのか、女装した男子が5・6人。ワイのワイのの大盛り上がりだ。あのお兄ちゃん達、あんなにバカっぽいけど偏差値70なんだってよ。言いかけてやめた。そういう下世話な言い方ダメよね…

 

校内で、ゲームやら、珍しい蝶の標本やら、フリーマーケットやらを見て、だいたい全部回ってみたかなというところで中夜祭が始まるというので校庭に行ってみた。

 

まずは応援団が余興をして盛り上げる。面白い。

次にフォークダンスをするというのだけど、フリを忘れてしまったのか、誰も踊らずにいる。すると、大声をだしながら応援団が火の周囲を駆け回りはじめ、結局全員、ダンスではなくランニングになっている。なんじゃこりゃ…

ほどなくして、司会が "あまり盛り上がませんでしたね。それではこれで中夜祭を終わりにします" と言うと、全員で "おーい !!" と突っ込みを入れる。どうやらこの流れはお決まりらしい。

"それでは一般の方もみんなで火を囲んで大きな輪になってください"

ここぞとばかりにお化粧なんかしちゃって気合が入りまくりのJKを誘って輪の中に引き入れて皆で肩を組んで校歌を歌う。

 

へえ~。楽しそうね~。と高校生達の青春にすっかり見とれる私。

あれ?そういえば次男はどこいっちゃっちのかしら?

 

ああ、いたいた。一段高い体育小屋の前でぽーっとした顔で見ている。

 あの表情、どっかで見たな……。

ああ、鉄道博物館に初めて行ったときの顔だ。

迷子になって探して探して、やっとのことで発見した時の顔だ。

迷子になったことより面白さが先をいっている3歳のあの時の顔だ。

 

どうだった?と聞くのはやめておこう。

とりあえず、これから自分にもあんな風に楽しい事があるのかもしれないと感じてくれれば、もうそれでよいのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、彼岸花が好き

 今年は庭に植えた彼岸花がようやく太く元気に咲いた。球根を植えてからやっと4年目だ。それまでは細くたよりなげな茎だったからとてもうれしい。

 

私は彼岸花が好きで、田んぼの畔や道の端っこに咲く彼岸花を見つけると立ち止まってつい見入ってしまう。葉がないのに茎だけで凛として咲く。面白い花だなあと思う。

 

それでとうとう庭の隅に植えてしまった訳なのだけど、友達が言うにはどうやら彼岸花は庭なんかに植えるものではないらしい。

 

彼岸花を庭に植えるのは不吉だって母親から聞いたよ。」

と言われてしまった。え~マジで!? 何故植えたらダメなのかと聞いたら、

「知らない。とにかく昔からそう言われてんだよ。」

と言う。ふーん。そうなんだ。と思いながら調べてみるとなるほどと思った。

 

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彼岸花の葉や球根には毒がある。田畑の端やお墓でよ見るのはモグラやねずみの被害から作物や土葬した遺体を守る意味合いがあるのだそう。

 

また、球根はデンプンが豊富に含まれていて、食糧難の時は芋と並ぶ貴重なエネルギー源だったそう。毒抜きして食べていたみたい。

 

有毒植物は年貢の対象外だったので、飢饉に備えて植えておくこともあったよう。

 

そして勝手な解釈だけど、間違って子供が食べたり、観賞用にと安易に切ったり、引っこ抜いたりさせないように、不吉だとか、持って帰ったら火事になるとかいろんなことを言って近寄らせないようにしていたんだはないかって思う。

 

思えば、独身の頃、毎年のようにこの時期になると高知の友人宅に泊まりに行っていた。働いている頃は8月は猛烈に忙しく、夏休みをとるなんてA級戦犯だったのだ。

こんな世間とずれた時期に夏休みをとろうと思ってもなかなか友達と休みがあわないし、一人で旅行というのも気が引けた。

友人も役場に出勤してしまうし、ただ、がらんとした広い農家の留守番をしに行ったようなものなのだけど、それはそれで楽しかった。

散歩に出た際、山肌に咲く彼岸花の群生に目を奪われた。

「こんなものそこいら辺でさいちょるき。」

見慣れてしまっているのか、彼女は事もなげに言うのだけど、私にはあのカラッと晴れた南国土佐の秋の空と美しい四万十川と、そして彼岸花の風景がいつまでも心に残っているのだ。

中学生。不安定な君達へ 

 

もし、あなたが今、いじめられたり、いじめたりしているのなら、よかったら読んでみてください。

 

不安定な君たちへ


友達ってなんだろうね。落ち着いて、よく考えてほしい。
 
友達を見下げたり、バカにして面白がるのはいい加減にやめたらどうだろう。
なんでもかんでも言いたいことを言って許されるのは赤ちゃんだけです。
 
もし、今の友達とのつきあいがしんどかったら、離れればいいんです。
今の友達とのつきあいを切ったってたいしたことじゃない。
 
中学校のクラスや部活の友達が全てのように見えるかもしれないけれど、

それはほんの小さな世界にすぎない。世界は広い。

これから君達は見たこともないような景色をたくさん見て、
会ったことのないような人達と関わっていくんです。
きっとそうなります。君達の人生はこれからなんです。
 
もし、今、君が友達といてしんどいなら離れよう。
そして、今が最悪だと思ったら、一人で勉強すればいいんです。
今はとても自信がないだろうけど、やがて来る、君の輝く未来のために。
そうしているうちに、いつの間にか道は開けてくるものなのです。
これは本当です。

 

 

 

それは曇っているけど蒸し暑い日、あるお母さんからのLINEで私の知る所となった。

 

うちの子のことで長男君何か言ってない?

いや、何も聞いてないよ。

今、酷いいじめにあってる…

何それ?ちょっと待って。その話、電話にしよ。今かけるから。

 

 その子は物腰が柔らかくて性格がやさしい。ガツガツしてない。まじめに勉強もするし、私より字が上手い。長距離も短距離も速い。最近、背がのびてスラっとしてカッコよくなってきた。なーんの問題もない。

 

うちの長男とはあまり話をしないみたいだ。もっと仲よくなっても良さそうなものなのだが、学校でおとなしいという点での似た者同士では付き合いが発展しないのかもしれない。

 

話によると、いつもつるんで遊んでいるグループ内でのいじめだった。呼び出しておきながら待ち合わせに来ない、または姿が見えると一斉に逃げる、ちゃかしや悪口。LINE外し→その後自殺していないかと確認のLINE。ダメだと言っているのに無理やり家に泊まりに来てなかなか帰らない。等々。

 

 そのくせ、1体1で話すと個人的にはいい奴で、嫌なこと一つしないし、言わない。小学生の頃みたいに。まるで何事もなかったみたいに。

アイツ、何考えてんだろう?昨日のあれは何だったのか。やはり本当はあいつはいい奴なんじゃないか、流されてるだけじゃないかと本人は思っている。で、呼び出されればまたついて行っていじられる…

 

 いじめている面々は小さい時からよく知っている。知っているだけに想像はつく。影響力のある子が何か言ったりやったりすると、皆でそれに乗っかってしまうのだ。面白いから、楽しいから、どんどんエスカレートして止まらない。

楽しいこと、 面白いことが優先で人の気持ちなんて考えていない。やられた方がどんなに傷ついているのか想像もしない。だから罪の意識もない。恥とも思わない。何かにムカついたり、飽きればまた集団で誰かをいじって遊ぶ。

 

 要するに ただの『遊び』なのだ。「いじめ」という名の遊び。

 

本来だったら、先生、親を交えて話し合いをすべきで、主犯格には心から反省して親子で泣きながら謝罪してほしいところだ。けれどもそれは絶対にしないでほしい。それをする時は学校を辞めると決めるとき、というのが本人の希望なので、悔しいが大人達もこうして黙って見守っているのだ。中学生ともなると、親がどのタイミングで出ればよいかが難しい。

 

新学期が始まっている。

彼はとりあえず普通に学校へ行っている。もともと性格のよい彼が皆の目の敵になることはなかった。気がついたら味方もたくさんいた。

 

LINE外しに気が付いて、心配して電話をくれた先輩。

たまたま会って、あいつらのは遊びなんだから気にするなと言ってくれた友達。

もう少したてば周りが大人になってくる。流されてる奴らも真剣に勉強しないとヤバイことに気が付いて、だんだん主犯の奴らとのつきあいがしんどくなって離れてく。こういう時はじっと勉強しとけばいいんだよ。といった兄ちゃん。

黙って話を聞いてくれたお母さん。それが友達といえるのか考えろと言ったお父さん。

 

一概にはいえないけど、ちょっと気が付いたことがある。

小学生の時、あるどんくさい子がいじめられて 、親で話し合いをしたことがある。その時、いじめられるほうにも問題があるのよ。と言った人。そうそう、かわいい、かわいいで育ててきちゃったのよね。と言った人。彼女達の子供が大きくなってまた虐めている。あの時、 真剣に子供と話し合っていたら、こんな事には…とも思う。

どんな子でも問題を起こす。親は逃げずに向き合わないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長男。執念のニンテンドースイッチ

はじめに言っておきますけど、私はゲームに興じている子供を見るのが嫌いです。

なぜかというと、風呂に入れ、かたずけろ、もう寝る時間だよ、といった小うるさい私の言葉も「もうちょっと…」と言いながら聞き流されてしまって、どんどん、どんどんルーズになるからです。

 

他にもゲームによる弊害をあげればきりがありませんが、最もイライラするのがこういった生活の乱れです。私だってうるさいことをいちいち言いたかないのです。ご家庭でルールを決めて~といったアドバイスは耳にタコが出来るほど聞きましたが、あんな楽しい物、一度やり始めたら止められやしませんよ、ルールなんて破られるのは時間の問題です。

 

長男がニンテンドー・スイッチを欲しがって半年あまりたちました。長男が欲しい欲しいと言い出すたびに、私は簡単には手に入らないだとか、成績が下がるとか、高すぎて買えない、などと言ってかわしてきましたが、この夏、とうとう長男はニンテンドー・スイッチをゲットする為に様々なハードルをクリアしてしまいました。

 

お金は今まで貯めたお年玉などで買うと言います。それから一学期の期末と通知表は今まで見たことないような好成績をとってきて、ほら見たことか! だから買ってもいいでしょ? と言いました。

問題は商品があまり市場に出回っていないという点でしたが、今はけっこう出回ってきているようですね。夏休み中はまだまだ手に入らない状況でしたので、老舗スーパーに狙いを定めて毎日のように電話をして入荷状況を聞いていました。

内心、よくやるよ、と高を括っていた私でしたが、とうとう長男は明日入荷の予定があり、整理券が配られるとの情報を得たのでした。

「ママ、オレは明日試合だから行ってきてよ。頼むよ。おい、三男、おまえヒマなんだからママと一緒にいってくじを引いてきて。ママじゃなくて三男がくじを引いてよ。」

三男はくじ運がよいのでした。町内会のガラポンやコンビニのくじなどでは必ずティッシュ以上の物を持って帰ります。

 

私はしぶしぶ三男と出かけました。三男はアイスのひとつでも買って貰うつもりなのかルンルンです。私たちは開店と同時に指定の場所に並びました。整理券はすぐに配られました。私は28番、三男は29番です。まもなく整理券配布の終了のアナエンスが流れ、店員さんの説明が始まりました。本日の入荷は5台。並んだ人は37人とのことでした。そしてやっぱり、三男は当たりを引き当てたのでした。

 

あれ以来、長男はニンテンドー・スイッチに夢中です。

本人はやることが終わったからやっているんだ、自分はちゃんと計画的にゲームをしているのだと偉そうにほざいていますが、私は屁理屈をこねているだけで、以前より確実に勉強時間が減ったとみています。

でも言ったって無駄なので何も言わない事にしました。本人が気が付かなければ改善しないでしょう。

 

ああ。今から中間テストが楽しみです。

 

残念な読書感想文

お盆前だったか、三男の読書感想文につきあった。

図書館で三男が選んできた本は『かいけつゾロリ』シリーズのなんだっけ?花嫁がなんちゃらの巻。…ゾロリもいいけどさ…もういいでしょう、ゾロリは。散々読んだじゃないの、ゾロリは。

 

どんどん好きな本を読めとは言ったけど、感想文にゾロリはどうなんだろう。

やはり、もう1度図書館へ行き、一緒に本を選びなおすことにした。これは?やだ。じゃ、あれは?やだ。と言いながら渋々選ばせたのは『びりっかすの神様』。ちょうど同じ4年生のクラスでのお話なので、共感出来るのではないか。

 

案の定、家に帰ってもなかなかスイッチが入らない。ここで、早く読んじゃいなさいよっ!とイラッとしてはいけません。

じゃ、読んであげるから聞いてごらん、と読み聞かせることにした。そして、いい加減、私も口が疲れてきたし、読む段階から親がかりなのかと思うとうんざりしてきたのも確か。もうこの辺でいいだろう。後は自分で読めと私は休憩することにした。

 

すると、気が乗らない本でも、途中まで読んでやると先が気になるようで、後半は自分で一気に読み終えることができた。

 

実はこれ、斉藤先生が言ってた事なのだ。先生が子供の頃、担任の先生がよく読み聞かせをしてくれたのだが、いいところでいつも切り上げてしまう。そうするともう、子ども達は先が知りたくてたまらなくなってしまうのだけど、先生はその先は読んではくれない。仕方がないのでお話の続きを知りたい子どもは自分で本を読まなければならない。

 

 思い出してやってみたら、今回は上手くいったので助かった。なかなか本を読みたがらない子に、"あなたの知らないこんな素晴らしい世界があるんだよ"と本を紹介したい時は、途中まで読んでやると上手くいくことがある。

 

そして、肝心な感想文なのだけど、例によってどこが1番面白かったの?自分のクラスがこうだったらどう思う?など聞きながら三男の考えをメモにまとめてやった。

はい、じゃこれを自分の言葉で原稿用紙に書きなと言って夕飯の支度に取りかかった。

 

暫くして、向こうの部屋から、「マーマー!(原稿用紙)2枚でいいのにママの書いた紙じゃ長すぎるからやめていいー?」と叫んでくる。私も換気扇の下でいいんじゃなーい!と返す。そして夕飯前には「出来たー!」と言ってテレビをつける。

 

ほんと?おい、おい。早すぎでしょ。いったいどんな字で書いたんだろうと思いながらチェックした読書感想文の内容は、私を酷く落胆させるものだった。

 

『もしぼくのクラスがテストの点のいい順に席が決まっていたら、ぼくは真ん中よりちょっと前の席になりたいです。なぜかというと、ビリだとみんなにばかにされてはずかしいからです。~ぼくは勉強や運動をがんばったほうがいいと思います。でもぼくはやる気が出ない時があります。ぼくは出来ないことを出来るまで何回もやることがきらいです。そういうのはやる気がでないです。』

 

こんな内容だった。だけどこれからは苦手なことも頑張って挑戦しようと思います。とでも書いて丸く収めればよいものを、決してそうは書かない。クラスの友達みんなで仲よくしたい。で終わる。

 

自由に自分の意見を書かせると、こんなふうなオチになるのかと思うと面白い。三男の、嫌なことはやりたくない。やるつもりもない。少しは親の言う事をきいて、コツコツ勉強をしようとは微塵も思ってやしない。性格と生活態度がそのまんまの、本音の感想文だった。

 

あーあ。こりゃダメだ。

 

字の間違えを指摘する気にもなれず、読書感想文はそのまんま提出させた。

 

これがこの夏の憂鬱。その2。

 

まじめにコツコツ努力せずに何かを成せるわけがないだろう。勉強が全てではないけれど、やはり勉強は大事なんだよ。

こういう会話は家の中でもよく出るというのにのに、なかなか分かってもらえない。

 

親なんて所詮無力なのだとの思いばかりが頭の中をめぐっている。

 

【追記】

やはり、ごちゃごちゃ言わずに感想文は感想文で認めようと思いました。

皆さんからのコメントを読んで、私は何を屁理屈こいて機嫌を悪くしているのだろうという思いに至りました。気づいてよかった…

そもそも、読書とは人に強要されずに自ら欲してこそ楽しいのだ。どんどん好きな本を読めばよいと言ったのは私です。であるのならば、どんな感想をもとうが、どんな内容の感想文を書こうが好きにすればよいのでした。

三男が出来なければ何回も練習しなければならないピアノを辞めちゃったこと、3ケタの割り算が面倒くさくて、片膝をたてながらいやいやする姿、それらが気に入らなくてもんもんとしていたのです。

たとえ親の気に入らない内容だとしても、とりあえず自分なりに考えて書いたのだから良しとしようと思います。

危ない、危ない。親の気に入るような子供に育てようと強要するところでした。軌道修正しなければ。

今後も勉強習慣だけはつけさせようとあの手この手で挑戦しようとは思ってますが。

思えば、ほうれい線から始まった私の憂鬱

気がつくと、一ヶ月以上もブログの更新をサボってしまいました。

夏の間、私はどうも前向きにものを考えられなかった。思うことを文章にしてみても、読み返してみると気が滅入るだけで、こんなものを世間にさらすのはよそう、なんて考える。

 

振り返ってみると、この憂鬱は自分の顔に刻まれた深ーいほうれい線を客観的に自覚した時から始まったのだと思う。

 

スポ少あるある・次男の卒団を控え、私達は今、躍起になって卒団の際のアルバムやスライドショーを意識して写真を撮りためている。

その中の『子ども達を陰ながら応援するお母さん』枠の何気ないスナップ写真のなかの私はあまりにも残念だった…

 

振り返りざまの私の頬には、それはそれはふかーい、ふかーい、深刻なほうれい線が刻まれていた。ガーン!ほんとにガガガーンだ。

ほうれい線、やばいなとは思っていたけれど、写真で確認してしまうともう認めるしかない。ああ、私は人からこんな風に見られているのだと思った。長年夫の激情態に苦労していると、こーんな顔になってしまうんだ。もう、おばさんを通り越しておばあさんに片足を突っ込んだ中高年なのだと思った。あまり人に会いたくない、特に昔からの知り合いは嫌だと思った。

 

あれ以来ずっと、私は気がつくとほうれい線の研究に勤しんでいる。

べろ回し運動。口の中で舌を歯茎に沿って右に30回、左に30回×3セットを毎日やる。

舌を出して口の周りを左右100回、回したら3日でほうれい線がとれたという話は本当だろうか?やってみたけど悲惨な事になった。口の周りがベッチャベチャだ。これは続かなかった。

頬骨に沿って下から上に指圧する。結構痛い。でもこれは続いている。

 

そして。やり始めて1ヶ月位。今、慰め程度だけど、少しほうれい線が消えてきたみたいだ。でも、これを書くにあたり、先ほど鏡で顔をチエックしてみた。あれ、左側がまた深くなっている。右は少し消えているのに。ああ、きっと左向きに寝ていたせいだと思う。

 

こんな感じでほうれい線対策は一進一退を繰り返している。もう少し続けたら誰もが羨む美魔女に変身出来るかな…ない、ない。

 

その他、たくさんの憂鬱の種があったのだけど(現在進行形)、今日はほうれい線の話だけにしておこうと思います。

これが生きるっていうこと

おはようございます。

長男は弁当と大量の給水を持って5:40に出て行った。自転車と電車を乗り継いでの試合だそうだ。

次男は6:00に出て行った。こちらはチームの有志での自主朝練。

他2名は気持ちよく夢のなかだ。

そして私は洗濯機を回して、中途半端な時間を持て余している。

頭が重くてあまりやる気が起きない。昨夜も1時に夫に蹴り起こされて、3時まで訳の分からない文句を言われた。飾ってあったサインボールを手に取って壁や窓ガラスに投げつけようとする。私は、家の中をめちゃくちゃにされては大変だと夫の腕を押さえつけたのだが、抵抗されて思いっきり口に頭突きをくらってしまった。

油断したな…すぐに冷やしたけどやはり腫れている。今日はこれからスポ少の役員の集まりがあるのに困ったなあ。

なんでこんな人生なのだろうと情けなくなる。

 

でも私は意外と元気だ。それは、100歳のおばあさんの言葉を聞くことができたから。

『それが生きるってことよ』

どんな人生だろうと、どんな状況だろうと誰もがこうして生きている。

なんという達観。なんという清々しさ。

昨夜、頭突きをくらって唇を腫らして、さっき飲んだアイスコーヒーが美味しいと思い、あら!今朝は涼しいじゃないと思う。

これが生きるってこと。

 

さあ、明るく爽やかに今日の一日を務めよう。