雨のち晴れ

子育て・考えたことやたわいのない日常を綴った日記です

戦争が終わってだいぶ経ってから私は生まれた

 私が小学生の頃は、夏休みの宿題の定番といったら読者感想文ではなく、戦争についての作文だった。戦争体験のあるお年寄りから生の戦争体験を聞きいて書くように言われたけれど、既に核家族が多く、私のように3世帯同居の家は少ない方で、親の帰省先での祖父母の話に期待するもの、田舎すぎて大した話も聞けず、皆けっこう苦労していた。


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この前、昔の日記やノートなどを詰め込んであるみかんのダンボール箱の一番上に文集があり、自分の小6の時の作文を読んでみた。

祖父の満州出兵時の体験を書いたその作文は学年で選抜されるべく、デキる女子みたいな感じで上手くまとめられていた。

それもそのはず、先生の手でかなりの部分を書き直された、いや書き加えられた作文だったからだ。

 

あぁ。そうだった…と色んな事を思い出した。例えば、祖父が満州に出兵した事は記憶しているが、兵役検査に落ちて暗号兵となったと聞かされていた事などは忘れていた。

 

それから、当時の担任のベテラン女性教師に嫌われて、何かと目の敵にされていたことを思い出した。そうだ、そうだった。嫌われ始めたのはこの作文がきっかけだった。

 

戦時中、軍国少女であったであろう、先生の勤労奉仕での苦労話や、戦時中の子供に比べ、今の子供がいかにダメダメかといった話にうんざりしていた私は、その作文で反抗的な主張を展開したはずだった。でもその部分は見事にカットされてしまった。幻の作文の内容は、たしかこんな感じだったと思う。

 

このように祖父は戦時中、満州でとても苦労したことが分かりました。

大人は戦時中は大変だったと言います。それに比べて今の子供は戦争の苦労を知らないと言います。そう言われても私達は好きでこの時代に生まれてきたわけはないので分かりません。

戦時中、大変だったことはよく分かりました。でも、どんなに苦労したかという話を聞くだけでは、どうやったら戦争のない世の中にすればよいのか分からないと思いました。

 

何も残ってないので、実際はどう書いたか忘れてしまった。とにかく、記憶の限りではこんな内容を書いたはずだ。もしかしたら、もっと過激な表現で先生がいつも話す内容を批判していたかもしれない。

 

あの作文を提出した時、私はクソみたいな先生に言ってやった気分で高揚していた。

そして、その代償も大きかった。あの作文以降、何かにつけて祭り上げられ、何度も皆の前で恥をかかせるような怒られ方をした。クラスの雰囲気はかなり閉鎖的で、当時は友達にも親にも言えず一人悩んでいた。今だったら問題になるようなことも昔は珍しくもない、よくある光景だった。

 

先生は私が原爆や空襲で犠牲になった人、御国の為、家族の為と死んでいった英霊、その他全ての戦争に巻き込まれて人生が一変してしまった人々の人生をないがしろにしていると感じたのだろうし、日教組の活動に熱心だった先生の平和教育の失敗があの作文により露呈された事が許せなかったのかもしれない。

 

もちろん、今の私だったら大変な時代を生きた人生の先輩に対してとてもあんな言い方は出来ない。なにより、体験者から直に戦争の悲惨さを聞くということは、とても貴重で、その後の時代を生きる世代にとってはとても意味のあることだと理解している。

今となっては、戦時中大人だった人、つまり92歳以上の人の話は滅多に聞くことはできない。貴重な歴史資料だ。是非語り残して欲しいと思っている。

 

元を辿れば、今の子供は覇気がない、活気がないなどと言っては学級会で無理やり意見を言わせ、話し合いをさせておきながら、ちょっと待ったと中断させ、ヒステリックに誰かを槍玉にあげて、最終的に自分の意見を通すといった、先生の恐怖政治みたいなクラス運営が不満だった。

私にとってあの作文で当時盛んに行われていた平和教育を批判したのは、ただの言いがかりのようなものだったのかもしれない。

 

ただ、書いた以上、その気持ちをずっと燻らせてきたことも確かだ。あの世代の人達には自分達が戦争を容認し、一時は戦況に熱狂し、市民として戦争に参加したのだという当事者意識はないのだろうか…

 

戦争体験を語る時、たいていの人は死ぬ前にこれだけは次の世代に伝えなければと被害者としての戦争体験を語る。私も今さら年寄りの古傷に塩を塗る気はない。だけど、だからといって、お辛かったですね、苦労されましたね。で終わらせたくもないのだ。

 

私としては、なぜ日本は戦争を始めてしまったのか、戦争になる前にどのような外交努力をしたのか、新聞やラジオはどのように伝えたのか、どのように大衆は戦況に熱狂していったのか、政治家でも軍人でもない一般人は全く加害がないと言えるのか?なぜあんなことなってしまったのかということを自分のこととして問う作業を今後もひっそりと続けていきたい。

 

そして、あの時の先生のように、押し付けがましい形ではなく、子どもに伝られたらと思うのだが、これはなかなか難しい。

 

実は長男がサラッと書いたという読書感想文を盗み見た。読ませてよと言ったけど、ママはダメ出しするから嫌だと読ませてもらえなかったのだ。

戦時中の若者の話を描いたその小説の感想文はまさしく首尾よくサラッと書いた、内容の薄い感想文だった。戦争を知らない私が戦争を語る資格はないのかもしれないが、戦争に対する嫌悪感だとか、中学生なりの心の葛藤とかこだわりみたいのは感じられなかった。

難しいな…と思いそっと元のように戻したのだった。

 

 

せめて手元に置いておきたい本

自由からの逃走 (1966年) (現代社会科学叢書)

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戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

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